ホーム >世話物 >伊勢音頭

伊勢音頭(いせおんど)

十人切り!伊勢の遊郭が修羅場と化す。宝刀と折紙をめぐり奔走する福岡貢の物語

本外題:

伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)

カテゴリー:

世話物

主な登場人物:

福岡貢(ふくおかみつぎ)
伊勢在住の御師(おし)。主家・今田家の若殿・万次郎(まんじろう)のために名刀(で妖刀)の青江下坂(あおえしもさか)とその折紙(おりかみ:鑑定書のこと)を探している。
※ 御師とは、身分の低い伊勢神宮の神官のこと。伊勢神宮のお札(ふだ)や伊勢暦(いせこよみ)を信者に配ったり、伊勢に参詣に来る人に宿泊の世話や案内をしたりして神宮を経済的に支えた。伊勢暦はお札とともに配られ、庶民には人気のカレンダーだった。
油屋 お紺(おこん)
伊勢古市(いせふるいち)の郭(くるわ:遊郭)「油屋(あぶらや)」の遊女で、貢とは恋仲。
仲居 万野(まんの)
油屋の古株の仲居(なかい:給仕や接待をする女性の職業)。悪人側の徳島岩次(とくしまいわじ)、愛玉屋北六(あいだまやきたろく)に加担している。
料理人 喜助(きすけ)
油屋の料理人で、貢の父の家来だった。貢に協力する。
今田万次郎(いまだまんじろう)
阿波国の大名家の家老・今田九郎右衛門の息子。宝刀・青江下坂と折紙の探索を命ぜられるが、一度手にした青江下坂と折紙を手放してしまう。

構成と上演:

伊勢音頭恋寝刃は全4幕の物語。

序幕は「相の山」「妙見町宿屋」「追駈け」「地蔵前」「二見ヶ浦」から構成されます。歌舞伎では序幕が上演されることは少ないですが、事の発端、敵味方がわかります。動きがあり、滑稽な場面のある「追駈け」「地蔵前」「二見ヶ浦」はしばしば上演されます。

二幕目は「太々講」。歌舞伎では上演されることは少ないです。この幕では貢とお紺の関係、貢と青江下坂の刀との因縁がわかります。

三幕目は「油屋」です。物語の山場で歌舞伎ではこの「油屋」がよく上演されますので、このページでは詳しく紹介します。

四幕目の「福岡貢切腹」は結末となります。歌舞伎では「福岡貢切腹」は詳しく出されません。「油屋」の後に短縮した「奥庭」の場を演じて終わります。

ストーリー・あらすじ:

相の山(あいのやま)

阿波の国の大名、蓮葉(はちすば)家の家老、今田九郎右衛門の息子・万次郎は、主君より名刀・青江下坂(あおえしもさか)を入手するよう命せられ、奴の林平とともに刀の探索に伊勢へ行きます。

万次郎は一度は青江下坂を手に入れたのですが、遊郭通いにうつつを抜かし、金の工面のために青江下坂を質入れしてしまいます。しかも刀を質に取った金貸しの金兵衛は青江下坂を持ったまま姿をくらましていたのでした。

それでも万次郎は懲りずに遊女たちを連れて伊勢の参道の「相の山」へ遊山に出てきたところ、身をやつした徳島岩次(とくしまいわじ)らに大事な青江下坂の折紙(おりかみ:鑑定書)をまんまとすり替えられてしまいます。

妙見町宿屋(みょうけんちょうしゅくや)

伊勢山田妙見町(みょうけんちょう)にある宿屋。御師の福岡貢(ふくおかみつぎ)の帰りを待つ万次郎の叔父・藤浪左膳。貢が帰ってくると左膳は貢に「阿波の家中ではお家騒動が起こっており、殿の叔父・蓮葉大学(はちすばだいがく)がお家乗っ取りを企てている。それを阻むために万次郎の父、家老の今田九郎右衛門が奔走している」と語ります。

さらに左膳は「甥の万次郎は大切な刀を質入れしてしまうような不心得者。万次郎を助けて、刀を取り戻してくれ」と貢に頼みます。

貢は今は御師・福岡孫太夫の養子になっていますが、今田九郎右衛門はかつて父親が仕えていた主。主家筋の頼みを快く引き受けます。

そこへ万次郎と奴の林平がやってきて話に加わります。ところが万次郎が持っている折紙が偽物だと発覚します。左膳は「大学の家来の徳島岩次という者が伊勢に入り込んだと聞いている。さては刀を奪い取り、刀と折紙を紛失したと万次郎を罪に落としいれ、ひいては家老の九郎右衛門を失脚させようとする企みに違いない」と話します。林平を残し

追駈け(おっかけ)・地蔵前(じぞうまえ)

悪人側の横山大蔵と桑原丈四郎のもとに、大学から岩次宛の密書が届けられます。密書には悪だくみの指令が書かれています。大蔵と丈四郎は密書を岩次へ届けようとします。

その様子を見ていた林平は、立ちはだかって密書を奪おうとします。大蔵と丈四郎は逃げ出し、林平は後を追いかけます。

野原の夜道を逃げる大蔵と又四郎。大蔵が地蔵に化けて林平をやり過ごそうとしたり、丈四郎が井戸に隠れたりします。追いつきもみ合いの末、大蔵と丈四郎は逃げ去りますが、密書は半分に千切れて手元に残ります。それも肝心の署名のところは読めません。

それでもこの密書を万次郎と貢に見せようと、あとを追っていきます。

二見ヶ浦(ふたみがうら)

二見ケ浦の手前、暗闇の中、提灯の明かりを頼りに万次郎と貢は貢の家を目指しています。そこへ林平に追われて来た大蔵と丈四郎とばったり鉢合わせ。林平も追いつき、貢は密書の残り半分を奪い取ることができます。

密書を読もうとしても暗くて読めない。その時、二見ケ浦に夜が明け、朝日に照らしてみれば確かに読める。悪事の全容が書かれていました。

太々講(だいだいこう)

貢の養父・福岡孫太夫(ふくおかまごだゆう)の家。孫太夫は不在で、弟の彦太夫が講中を集めて太々神楽をあげています。孫太夫は一人娘の榊(さかき)と貢を夫婦にして福岡家を継がせようと考えています。榊もまんざらではありません。彦太夫と甥の正太夫が榊に岡惚れして、言い寄ってきますが榊に相手にされません。

太々神楽が終わって人がいなくなったころ、お紺が身をやつして貢に会いに来ます。お紺は貢と馴染みの伊勢古市の油屋の遊女です。田舎の客に自分を身請けさせられそうで、身請けは嫌だ好きなのは貢だといいます。その田舎の客は阿波のお侍で「お岩」と呼ばれていると聞き、貢はさては大学の手のもの徳島岩次かと疑います。

そこへ貢の叔母・おみねが訪ねてきます。おみねは持っていた刀を貢に渡します。それは青江下坂の刀でした。貢がこの刀を探していると聞いておみねは腐心して青江下坂を手に入れたのでした。そしておみねは青江下坂の刀のために貢の祖父がこの刀で人を殺しその科で切腹を遂げ、父も鳥羽に移り住むようになったと刀との因縁を語ります。

そんな中、彦太夫と甥の正太夫の悪だくみが進行します。彦太夫は、貢を追い出し当家の乗っ取りを企んでいるのです。太々講(伊勢参りのために結成された集まり)の積立金の百両を正太夫に盗ませ、罪を貢に負わせようとします。ところが、おみねが機転を働かせて百両の金の隠し場所を見つけ出し、彦太夫と正太夫の悪事を露見させます。

そこへ金貸しの金兵衛が現れて、おみねに青江下坂を売った代金を払えといって騒ぐので、彦太夫から取り戻した百両を金兵衛に与えます。これで刀は貢の手に入り、貢は万次郎に刀を渡すために急ぎ伊勢古市へ出発します。

スポンサーリンク

油屋(あぶらや)

伊勢古市の遊女油屋です。青江下坂の刀を探し歩いていた万次郎が油屋にやってきます。馴染みの遊女・お岸が万次郎を迎えに出てきます。ところが古株の仲居の万野(まんの)が出てきてさんざんいやみを言うので、万次郎はやむなくお店を去ります。

お紺を連れて徳島岩次が芝居見物から戻ってきます。油屋には阿波の侍、徳島岩次(とくしまいわじ)と藍玉屋北六(あいだまやきたろく)が逗留しているのです。

貢が油屋にやってきます。腰に差している刀・青江下坂を渡そうと万次郎を探しています。お岸が出てきて店で待つのがよいと貢を引き留め、「自分らは明日にも身請けさせられそうで、何とか行かないで済む良い思案はないか」と貢に相談します。万野の手引きで、お岸は北六に、お紺は岩次に身請け話が持ち上がっていますがお岸もお紺もそれにはなびいていません。遊女たちが北六が呼んでいるとお岸を奥に連れて行ってしまいます。

残された貢は、岩次や北六がお家乗っ取りを企む大学に加担する者だと知っており、また青江下坂の折紙(おりかみ:鑑定書)は今は岩次が持っているため何とか折紙を取り返せないかと思案していると、万野が奥から出てきます。

万野はわざと貢を邪険に扱います。お紺に会いたい貢だが万野はお紺に会わせようとはしません。どうしても店で待つというのなら、代わりにほかの芸妓を呼べとか、刀を預けろと言い出します。刀を預けることは遊郭の習わし。やむをえないが、ただ信用できない相手に大事な青江下坂を預けられないで困る貢。そこへ料理人・喜助(きすけ)が、自分が預かりましょうと申し出ます。喜助は以前の貢の親に奉公していた家来です。喜助なら安心、と刀を預けると、それを見て万野は奥へ入っていきます。

貢は、今預けた刀は青江下坂であり、紛失した折紙は油屋にいる岩次が持っていることを喜助に伝え、奥に入っていきます。

このことを盗み聞いていた万野と北六らに青江下坂のありかを知られることになります。そして岩次がこっそりと刀掛けの貢の刀・青江下坂を鞘から抜き、刀身を自分のものとすり替えてしまいます。「貢が刀をくれといって持って帰るのはこれ。残るのは青江下坂。うまいうまい」と。

またそれをこっそりと見ていた喜助は、この刀身のすり替えに気づきます。

万次郎が来るのを待っている貢。そこへ万野にいわれたと言ってお鹿がやってきます。お鹿は不器量だが気立てのいい遊女。ところが思いもよらぬことを話し出します。前から貢に惚れているお鹿は、何度も恋文を送って、返事ももらっているというのです。そんなの貢には一向に身に覚えがない。貢は「一体、何の話だ」というと、「しらを切るとはあんまりだわ、酷い」といって泣き喚くお鹿。

奥からでてきた岩次と北六はお紺とお岸を連れています。すぐにもめ事に気付きます。知らぬことだと貢はお紺に釈明すると、それを聞いて貢のために金まで用立てたと泣きわめくお鹿。それは貢も聞き捨てならない。お鹿は自分が受け取った文を出すので、貢があらためるとそれは自分が書いたものではない。文や金を渡したのは誰だと聞くと、万野だいうので、万野を呼び出します。

満座の中、貢とお鹿に問い詰められる万野。しかしそこは老獪な古ギツネ。のらりくらりと追及をかわして、結局、貢がお鹿をだましたことにされてしまいます。周りで見ていた岩次と北六にあざ笑われる貢。

そしてお紺も貢を庇うどころか、お鹿を座敷に呼んだ不実をなじり、「侍は嫌い」と、貢とは縁を切ると言い出します。この思いもよらないお紺の愛想尽かしにショックを受ける貢だが、へこまずに「町人は嫌いだ」と言い返し怒りのあまり帰ろうとします。そこへ喜助が預かっていた刀を持ってきて貢に渡します。万野からは執拗に恥辱を受けながらも貢は必死にこらえて油屋を出て行きます。

喜助が貢に渡した刀は拵え(こしらえ:外装)は岩次のものでも、中身は青江下坂。喜助はわざと間違えたふりをして貢に渡したのでした。貢は怒りのあまり、拵えが違うのに気が付かないのでした。

貢が出て行った座敷では、お紺が貢と縁を切るのを見て、岩次たちがついにその正体を明かします。自分たちは阿波の侍で、青江下坂の刀と折紙を奪い取るため来たと。お紺は岩次になびくふりをして、そして巧みに折紙を取り返します。

一方、万野は青江下坂を貢が持って行ってしまったことに気づき、あわてて追いかけます。また貢も渡された刀が違うのに気づいた慌てて戻ってきて鉢合わせ。持っている刀を渡せの渡さないのでもみ合いになります。そのとき青江下坂の鞘が割れて、もののはずみで白刃が万野の肩先をバッサリと。血が出た騒ぐ万野。抜き身の妖刀・青江下坂を手に持った貢は我を失い、万野を一刀で切り殺します。青江下坂に操られた貢。刃が目まぐるしく動き、居合わせた人々を次々と切り倒していきます。

奥庭(おくにわ)

油屋の奥座敷。芸妓たちがにぎやかに伊勢音頭を踊るなか、貢が返り血で血だらけの姿をで暴れまわります。お紺が追ってきて、貢に青江下坂の折紙を差し出し、先ほどの愛想づかしはすべて嘘。この折紙を取り返すため、岩次たちを油断させる芝居だったのだと言います。お紺の言葉に貢は我に返ります。しかしこれだけ人を殺してはもはや生きてはいられません。腹を斬ろうとする貢に喜助が駆けつけ押しとどめ「岩次が刀が、すなわち下坂の刀」と刀身がすり替えられたいきさつを話し、貢が手に持っている刀が本物の青江下坂だ知らされます。さすれば探していた刀と折紙の二品がついに揃ったのです。これを国表に届け使命が果たせると貢は奮起します


見どころ:

●夏を感じさせる芝居

伊勢音頭は季節が夏に設定されています。衣装や舞台の随所に夏を感じさせる工夫が凝らされています。
たとえば登場人物は夏の着物を着ています。遊女たちは手に団扇(うちわ)をもっており、演技の中で団扇を巧みに動かして表情を付けます。店の暖簾(のれん)や衝立(ついたて)や障子(しょうじ)、仲居の前掛け、客の浴衣(ゆかた)などを見ると、水の流れに杯が流されている模様が使われていて、視覚的な涼しさを演出しています。

●典型的な「ぴんとこな」キャラクター

万野にはののしられ、お鹿にはわめかれ、お紺にも愛想をつかされ、岩次や北六には笑われ、万座の中で大恥をかかされても、遊女屋でみっともない真似はできません。キレそうになるところを必死にこらえて店を出ていく貢は、優男でありながら、こうした芯の強さを見せるキャラクターです。上方和事では「ぴんとこな」と言いますが、貢は歌舞伎の中でもその典型的な役柄です。一方の万次郎は坊ちゃん育ちで頼りないのキャラクターで「つっころばし」といい、好対照に描かれています。

●お紺の愛想づかしはうそ

お紺の愛想づかしは、恋人の貢が探している折紙を手に入れるための芝居です。満座の中で心にもない愛想尽かしをします。ここはお紺を演じる役者の力量が問われる見せ場になるところです。

●老獪な古狐の万野

悪人側に加担する老獪な古狐の万野の存在感が重要です。万野の役が憎らしいほど意地悪であればあるほど、この芝居は締りを見せ、ストーリーが映えていきます。

名台詞:

(お紺の愛想尽かし)

『 イヤ、お前じゃ、お前じゃ、お前じゃ、お前でござんす、トサア、わたしでさえも思うもの、外のお方は猶のこと。それほど手詰めの金ならば、なぜわたしに言うては下さんせぬ。僅かなお金で見ともない。所詮私に言うたて、埒があくまいと思うての事でしょう。そりゃもう不甲斐ないわたしゆえ、そう思いなさんすは尤もでござんす。よう隠して下さんした。きっと礼を言いますぞえ。これから随分お鹿さんを可愛がってやらしゃんせ。いかにわたしへの面当てじゃというて、同じ内の女郎を捉えて何の彼のと、その上に金の無心、ほんに見下げ果てたといおうか、殊に女郎は張りのあるもの。欺されたの騙られたのと、大勢の中で声山立てられ、傍で聞いているその辛さ、あまりさもしい事さしゃんしたと思や、口惜しいやら恥ずかしいやら、私ゃここへ消えとうござんすわいなア。』

スポンサーリンク

inserted by FC2 system