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髪結新三(かみゆいしんざ)

商家の娘を拐すも、「鰹は半分貰ったよ」と太てぇ大家に、身代金三十両の半分が持っていかれる小悪党・新三。落語にもなった白木屋お熊の一件。

本外題:

梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)

カテゴリー:

世話物

主な登場人物:

髪結新三(かみゆいしんざ)
廻り髪結い(出張して髪を結う商売)。
家主の長兵衛(ちょうべえ)の富吉町の長屋に住んでいるが
もともと上総無宿、入れ墨持ち前科者の小悪党。
白子屋娘・お熊(おくま)
材木問屋白子屋(しらこや)の娘
白子屋手代・忠七(ちゅうしち)
白子屋の手代で、お熊とは恋仲。
弥太五郎源七(やたごろうげんしち)
侠客で乗物町(のりものちょう)の親分。
白子屋後家お常(おつね)
お熊の義理の母
車力善八(しゃりきのぜんぱち)
白木屋に出入りの車力(しゃりき:荷車で荷物を運ぶ人)
家主 長兵衛(ちょうべえ)
新三の住む長屋の家主。海千山千の強欲な老人。
家主女房・お角(おすみ)
長兵衛の女房の婆。
下剃勝奴(したづり かつやっこ)
新三の子分。

解説:

「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」、通称「髪結新三」は河竹黙阿弥の作。全四幕。明治6年(1873年)6月、東京中村座で初演です。
河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)は、江戸幕末期から明治にかけて活躍した歌舞伎狂言作家。河竹黙阿弥の作風は、泥棒や、小悪党がよく登場し江戸庶民の生活や風習などを生き生きと描く世話物が多く、いわゆる「白浪物(しらなみ もの)」と言われています。この梅雨小袖昔八は、享保12年に起き、大岡越前のお裁きがあった「白木屋お熊の一件」(材木問屋白木屋の娘お熊が、浮気相手の忠八、母の常などと共謀して婿の殺害しようとして未遂に終わった事件)が題材になっています。

ストーリー・あらすじ:

序幕

【白子屋見世】

材木問屋・白木屋(しらこや)。主の庄三郎が病死してからは後家・お常が店を切り盛りしていますが身代が危うい状況に頭を悩ませています。今日も金貸し利兵衛が貸し金の催促に来ています。お常は「娘のお熊に大店の加賀谷から婿を取ることになりその持参金で返す」と言い訳をします。

お熊と手代の忠七は恋仲です。婿取りを嫌がるお熊です。お店のためなら仕方ないとお熊を諦めようとする忠七は、一緒に駆け落ちしてと泣きつくお熊を何とかなだめます。

その様子を立ち聞きしていた廻り髪結の新三は、言葉巧みに二人に深川冨吉町の自分の住む長屋へ逃げるよう唆します。一緒に逃げてくれなければ身投げするとまで言うお熊に、忠七は駆け落ちを決意し、新三の話に乗ることにします。

【材木町河岸】

お店を抜け出してきた忠七とお熊は材木町あたりの河岸で新三と落ち合います。新三は籠を用意しており、籠にお熊を乗せて先に行かせます。新三と忠七は徒歩でその後を追います。時ならぬ雨が降り出します。

【永代橋川端】

新三が持ってきた傘で雨をよけながら、新三と忠七は連れ立って籠の後を追いかけます。永代橋に差し掛かるころ、物腰の低かった新三の態度が急変します。新三は最初からお熊を自分のものしようとして連れ出したのだといい、忠七を傘で打ちのめし下駄で殴ります。顔から血を流して倒れる忠七を後に、新三はさまあみやがれとせせら笑いながら悠々と立ち去ります。

新三の罠にはまって、主人の娘を誘拐されたと知った忠七は切羽詰まって身投げしようとします。それを通りかかった侠客で土地の顔役の弥太五郎源七に引き留められます。

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二幕目

【乗物町源七内】

次の日、白子屋のお常は出入りする車力の善八を呼んで、新三からお熊を取り返すよう言い付けます。善八は根っからの善人で新三のようなチンピラを相手にするのは怖いので、お常のアドバイスもあり弥太五郎源七の親分に頼むことにします。

善八が源七のところに行き事情を話してお熊を取り返してもらうよう頼みます。新三のような小者を相手にうまくいかなかったら沽券にかかわると気乗りしない源七ですが、結局、重い腰を上げることになります。

【富吉町新三内】

富吉町の新三の住む長屋では、お熊をさんざん弄び上機嫌のお新三です。今日も子分の勝奴に留守をさせて、自分は湯銭へ行って来た帰りです。「目には青葉山ほととぎす初鰹」(松尾芭蕉の同門の俳人・山口素堂)とばかり、庭に並べた鉢植えの緑が目に眩しく、おりからホトトギスの鳴き声が聞こえます。鰹はまだかと思いきや、カツオの売り声がします。大金が手に入る前祝とばかりに、棒手振りの魚屋から新三は三分の大金をはたいて(今の貨幣価値にすると6万円くらいらしいです)初鰹を買います。魚屋はその場で手際よく鰹を二枚にさばいて見せます。

そこへ善八が源七親分を連れてやってきます。十両の金でお熊を返せを談判しますが、新三は血相を変えて怒り出し金を源七の顔に投げ返します。さんざん悪態をつかれて怒った源七親分は刀を抜こうとしますが、白子屋の体面もあり善八は必死になって源七親分を止めに入ります。
恥をかかされて恨み骨髄に徹する源七親分ですがその場は善八とともに去ります。

帰り際、家主の女房が出てきて善八に声を掛けます。善八だけが残り源七親分は先に帰ります。

【富吉町長屋家主内】

善八は家主の長兵衛のところに連れてこられます。長兵衛は自分が新三に掛け合い、三十両で話をつけるといます。善八は長兵衛に頼むことにします。

【元の新三内】

新三と勝奴が鰹を肴に酒を飲んでいるところへ家主の長兵衛がやってきます。やおら「三十両で了見しろ」と三十両でお熊を返せと言いますが、それでは不足の新三が「俺は上総無宿の入墨新三だ」とすごんで見せます。入墨があるのは牢獄帰りの印。長兵衛はそれを逆手にとって「かどわかしをするような前科者は長屋に置いちゃおけないから出て行け」と一喝。長兵衛が威張るのももっともで、店子(たなこ)が犯罪を犯せば大家も面倒なことになる連座制の江戸時代。一方、新三にしても長屋に居住があればこそ、廻り髪結などをして市民生活が送れるているので、もし長屋を追い出されてしまったらたちまち無宿の身に逆戻りして厳しい渡世の風に晒されるだけなのです。その弱みを家主・長兵衛は突いているのです。「かどわかしの罪で訴えるぞ、それが嫌なら三十両で収めろ」と長兵衛に迫られ、新三は渋々お熊を返すことにします。解放されたお熊は籠に乗って善八とともに白木屋へ帰っていきます。

残った長兵衛と新三と勝奴。新三は長兵衛に三十両を催促します。ところが長兵衛は「ときに鰹は半分貰ったぜ」と小判を十五枚しが出しません。不審顔の新三に「わからねえやつだ」と叱りつけます。つまり骨折賃に十五両は頂くということ。驚いて怒り出す新三。長兵衛は「それならお前を引っ立てて訴え出るまで」とまた言い出すので泣く泣く新三は十五両を受け取ります。そこへ長兵衛の女房のお角がきて「店賃の滞納分だよ」と新三の十五両から二両を持っていきます。しかも「鰹は半分貰った」と二枚に捌いた鰹の半身で中落のついた方を持っていきます。あまりの強欲さに唖然とする新三でしたが、その時、家主の家に盗人が入ったという知らせが来ます。箪笥の抽出し(ひきだし)四つ奪われ安く踏んでも被害総額が四十両。目を回して倒れるお角。「十五両差し引いて大家の損は二十五両」と溜飲をさげる新三でした。

三幕目

【深川閻魔堂橋】

源七は新三に面目を潰されたことを恨みに思っています。深夜、雨の降る閻魔堂橋。傍に蕎麦屋の屋台で蕎麦を食う源七はそれとなく新三が博打の後ここを通ることを聞き出します。源七は賭場(とば)から帰る新三を待ち伏せし、現れた新三に刀を抜いて斬り掛かります。新三は、持っていた傘と匕首(あいくち)で応戦し、立廻り(たちまわり)の後、血しぶきをあげながら新三は絶命します。


※ 四幕目の町奉行所の場などがありますが歌舞伎では上演されませんので省略します。

鑑賞一口メモ:

富吉町新三内の場では、「目には青葉(耳には)山ほととぎす(舌には)初鰹」の俳句にちなんで、初夏の季節感を盛り込んだ舞台の工夫が楽しめます。


中でも鰹売りが鰹を売り声、新三が初鰹とばかり大金をポンと出して買いますが、舞台では鰹売りが鰹を捌くて見せます。その時の小道具ですが、お頭を落とし、片身をおろし、その片方には骨付きの中落ちとなっていてじつに細かく作られています。鰹を捌く演技もリアル、家主の長兵衛が半身を持っていくのは中落の方でその強欲さが現れていたり、鰹の小道具をうまく使った演出が面白いところです。ちなみに役者が実際に口に入れている刺身は羊羹だそうです。

名台詞:

(「永代橋」の場で、新三が忠七に)

『 ふだんは帳場を回りの髪結、いわば得意のことだから、うぬのような間抜け野郎にも、ヤレ忠七さんとかばんとうさんとか上手をつかって出入りをするも、一銭職と昔から下がった稼業の世渡りに、にこにこ笑っただいこくの口をつぼめたからかさも、並んでさして来たからは、相合傘の五分と五分、ろくろのような首をしてお熊が待っていようと思い、雨のゆかりにしっぽりと濡るる心で帰るのを、そっちが娘に振りつけられ弾きにされたくやしんぼに、柄のねえところへ柄をすえて、油紙へ火のつくようにべらべら御託をぬかしゃアがると、こっちも男の意地づくに覚えはねえと白張りのしらをきったる番傘で、うぬがか細いそのからだへ、べったり印を付けてやらア』

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